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福岡地方裁判所 昭和49年(ワ)605号 判決 1976年3月24日

原告

前田誠

被告

有限会社龍栄運輸

ほか一名

主文

1  被告らは各自原告に対し、一五三万四二八一円及び一三八万四二八一円に対する昭和四八年六月二三日から、一五万円に対する昭和五一年三月二五日からいずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

4  第一項は仮に執行できる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告らは原告に対し、各自二五九万八六一〇円及び二三九万八六一〇円に対する昭和四八年六月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告(請求の原因)

1  昭和四八年六月二二日午前一時三〇分頃北九州市八幡西区大字上上津役一九〇八番地先交差点(以下、本件交差点という。)において、亡中島秀雄運転の軽乗用自動車(以下、中島車という。)と新地周三運転の貨物自動車(以下、新地車という。)が衝突し、中島車に同乗していた原告は左股関節脱臼骨折、左下腿骨骨折、頭部外傷Ⅱ型、顔面挫創の傷害を受けた(以下、本件事故という。)。

2  被告有限会社龍栄運輸は新地車の所有者であるから、自賠法三条により本件事故による損害を賠償する責任がある。

3  中島秀雄は中島車の所有者であるから、自賠法三条により本件事故による損害を賠償する責任があるところ、同人は本件事故により死亡し、同人の父である被告中島久次郎が相続により中島秀雄の責任を承継した。

4  原告は本件事故による傷害のため三菱化成工業株式会社黒崎工場附属病院において昭和四八年六月二二日から同年一二月二九日まで入院し翌日から昭和四九年五月三一日まで通院して治療を受け、次のとおり合計三八二万一一一〇円の損害が発生した。

(一) 治療費 一九九万〇〇一〇円

(二) 休業補償 四〇万八六〇〇円

原告は菱化工業株式会社に勤務し一日平均二二七〇円の賃金を得ていたが、本件事故のため昭和四八年六月二二日から昭和四九年一月三一日まで一八〇日間欠勤し、その間の賃金を失なつた。

(三) 慰藉料 一〇〇万〇〇〇〇円

(四) 弁護士費用 二〇万〇〇〇〇円

(五) 入院雑費 五万七三〇〇円

(六) 賞与の減額分 一六万五二〇〇円

原告は本件事故のための欠勤により昭和四八年年末賞与及び昭和四九年夏期賞与を減額された。

5  原告は本件事故による損害三八二万一一一〇円のうち、一〇〇万円を自賠責保険から受領したので、残額二八二万一一一〇円を被告らに請求できるところ、内金二五九万八六一〇円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四八年六月二三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告有限会社龍栄運輸(請求の原因に対する答弁及び抗弁)

1  第一項の事実は認める。ただし、原告の受けた傷害の部位程度は争う。

2  第二項の事実は認める。

3  第四項中原告が入院雑費五万七三〇〇円を支出した事実は認めるが、その余の事実は不知。

4  (免責の抗弁)新地車を運転していた新地周三には本件交差点に進入するに際し過失がなく、中島車を運転していた中島秀雄が飲酒運転で一時停止標識を無視して非優先道路から本件交差点に進入した過失が本件事故の原因であつて、新地車には構造上の欠陥又は機能の障害がないので、被告有限会社龍栄運輸は免責されるべきである。

5  (過失相殺の抗弁)原告には中島秀雄が飲酒運転であることを知りながら同乗した過失があるばかりでなく、原告は中島秀雄と同僚で本件事故当夜一緒に飲酒し行動を共にしているので原告は中島車の運転供用者ないしこれに準ずる者であり、中島車を運転していた中島秀雄には前記過失があるから、右過失を損害賠償の額を定めるにつき斟酌すべきである。

6  (信義則に基づく減額の抗弁)原告の被告中島久次郎に対する損害賠償請求が好意同乗を理由に減額されるならば、信義則に基づき被告有限会社龍栄運輸にも同額の減額をすべきである。

三  被告中島久次郎(請求の原因に対する答弁及び抗弁)

1  第一項の事実は認める。ただし、原告の受けた傷害の部位程度の詳細は不知。

2  第三項の事実は認める。

3  第四項中原告が入院雑費五万七三〇〇円を支出した事実は認めるが、その余の事実は不知。

4  (無償同乗の抗弁)原告は中島秀雄が飲酒していることを知つて中島車に同乗しており中島秀雄が原告ら同乗者を自宅に送るために運転していたので、信義衡平の観念によつて被告中島久次郎の責任を相当の割合で減額すべきである。

四  原告(抗弁に対する答弁)

抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故が発生した事実は、当事者間に争いがない。なお、成立に争いがない甲第五号証によると原告が本件事故により左股関節脱臼骨折、左下腿骨骨折、頭部外傷Ⅱ型、顔面挫創の傷害を受けた事実が認められる。また、被告有限会社龍栄運輸が新地車の所有者である事実及び中島秀雄が中島車の所有者であり同人が本件事故により死亡し同人の父である被告中島久次郎が相続により中島秀雄の責任を承継した事実はいずれも当事者間に争いがないので、被告らは自賠法三条により本件事故による損害を賠償する責任がある。

二  成立に争いのない甲第五号証によると原告は三菱化成工業株式会社黒崎工場附属病院において昭和四八年六月二二日から同年一二月二九日まで入院し翌日から昭和四九年五月三一日まで通院して治療を受けた事実が認められる。そして、原告が本件事故のために受けた損害は、弁護士費用を除き、次のとおり合計三六六万八一二六円である。

(一)  治療費は、成立に争いのない甲第七号証によれば、一九九万〇〇一〇円である事実が認められる。

(二)  休業補償は、原告本人尋問の結果及び右により真正に成立したと認められる甲第一号証によると、原告が菱化工業株式会社に勤務し一日平均(昭和四八年三月ないし五月の支給額を九二日で除したもの)二〇三四円の賃金を得ていたが本件事故のため昭和四八年六月二二日から昭和四九年一月三一日まで二二四日間欠勤しその間の賃金を失つた事実が認められるので、四五万五六一六円である。

(三)  慰藉料は、既に認定した傷害に対し、一〇〇万円が相当である。

(四)  弁護士費用は後に検討する。

(五)  入院雑費五万七三〇〇円を支出した事実は、当事者間に争いがない。

(六)  賞与の減額分は、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二号証によると、原告が本件事故のための欠勤により昭和四八年年末賞与につき九万一〇〇〇円及び昭和四九年中元賞与につき七万四二〇〇円合計一六万五二〇〇円を減額された事実が認められる。

三  被告有限会社龍栄運輸の免責の抗弁について検討する。成立に争いのない乙第一号証によると、本件事故の現場は黒崎方面から直方方面に通ずる幅員六・五メートルの道路と香月方面から馬場方面に通ずる幅員五・七メートルの道路が約一二〇度(黒崎方面と香月方面の間の角度)に交わる交差点で前者には消えて見えにくくなつているが右交差点内にも中央線が設けられており後者には交差点の香月方面への手前に一時停止線が設けられている事実並びに右交差点の黒崎香月側の路端に水銀灯及び高さ四メートル、幅一メートルの広告塔が設置されその周辺は空地で高さ約一・七メートルの雑草が繁つているため黒崎方面から来る車両と香月方面から来る車両との相互の見通しが悪い事実が認められる。また、前顕乙第一号証及び証人新地周三の証言によると、新地周三が新地車を運転して黒崎方面から直方方面に時速四〇キロから五〇キロで進行していたところ香月方面から馬場方面に進行してくる中島車を右斜め前方二二・四メートル先に発見し衝突寸前にブレーキを踏んだが新地車が発見後一五・七メートル、中島車が発見後一〇・〇メートル進行した地点で新地車の右前部と中島車の助手席側が衝突した事実が認められる。仮に新地車の速度が時速四〇キロであつたとすると、中島車を発見後衝突するまでに一五・七メートル進行しているが、それには一・四秒を要したことになり(前顕乙第一号証によると衝突前には新地車のスキツド・マークはない事実が認められるので、新地車はブレーキの効果が発生する前に衝突したものであり、衝突まで時速四〇キロで進行したとして算出した。)、中島車は一・四秒の間に一〇・〇メートル進行しているので時速二五キロで進行したことになる。中島車の車長は前顕乙第一号証によると二・九九メートルある事実が認められるので、中島車が時速二五キロで進行していれば、新地周三が発見後一・八秒後に中島車は衝突地点を通り過ぎたはずであり、新地車が一・八秒後に衝突地点に達するのは速度が時速三一キロの場合である。したがつて、新地車が時速三一キロ以下で進行していれば、中島車が通り過ぎた後に衝突地点に達することになる。すなわち、新地周三は交差点の交差道路側の見通しが悪いので交差道路を通行する車両等に特に注意し交差道路を通行する車両等を発見したときは回避できる安全な速度で交差点に入る注意義務(道路交通法三六条四項)があるにもかかわらず、交差点に時速四〇キロから五〇キロで入つた過失があるものである(前顕乙第一号証によると速度制限が時速四〇キロである事実が認められる。)よつて、被告有限会社龍栄運輸の免責の抗弁は認められない。

四  被告中島久次郎の無償同乗の抗弁について検討する。原告本人尋問の結果によると、原告と中島秀雄は会社の同僚で終業後他の同僚と一緒に会社の付近で酒を飲んだ後会社の駐車場に置いてあつた中島車に中島秀雄の運転で原告、増田義昭及び中島一人が同乗し中島一人を同人の自宅に送つて黒崎に戻る途中本件事故が発生した事実が認められ、成立に争いのない丙第一号証によると、本件事故当時中島秀雄の血液中のアルコール含有量は一ミリリツトルにつき〇・九八ミリグラムであつた事実が認められる。右認定の各事実を前提とすると、中島秀雄の運行供用者として責任は原告の他人性が相当程度失われて軽減され、かつ、原告は中島秀雄の酒酔い運転を知りながら制止せずに同乗した過失があるので、中島秀雄の責任は三五パーセント軽減されるべきである。よつて、中島秀雄ないし被告中島久次郎は、原告が受けた損害三六六万八一二六円から三五パーセントを減じた二三八万四二八一円の賠償義務がある。

五  被告有限会社龍栄運輸の責任も前項と同様三五パーセントを減じた二三八万四二八一円の賠償義務に限るべきである。その理由は、被告有限会社龍栄運輸と原告の間では原告が中島秀雄の酒酔い運転を知りながら制止せずに同乗した過失が過失相殺の対象とはなつても無償同乗の関係はないが、被告有限会社龍栄運輸の責任を被告中島久次郎と同額に限定しないと、後日被告有限会社龍栄運輸が被告中島久次郎に求償することにより、被告中島久次郎の責任を無償同乗を理由に軽減したことが無に帰してしまうからである。なお、被告有限会社龍栄運輸について被告中島久次郎の無償同乗の抗弁に準じた責任の軽減をした以上は、原告の過失をその上斟酌する必要はないと解する。

六  以上認定したところによると、原告は被告ら各自に対し二三八万四二八一円の損害賠償請求権を有するところ、一〇〇万円を自賠責保険から受領しているので差し引き残額一三八万四二八一円の請求権を有することになり、さらに、原告が原告訴訟代理人に本件訴訟を委任した事実は弁論の全趣旨により明らかであるから、弁護士費用のうち一五万円は本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

七  (まとめ)原告の本訴請求は一五三万四二八一円の賠償及び一三八万四二八一円に対する本件事故の翌日である昭和四八年六月二三日から、一五万円(弁護士費用)に対する本件判決の翌日である昭和五一年三月二五日からいずれも完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で正当であるから認容し、その余の範囲は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大島崇志)

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